チンくんの話
先日、吉祥寺の鉄板焼き屋で食事をしたんだけれど、すごく懐かしい体験をした
何かと言うと、店員の男の子がとにかく注文を取り違える
ツナサラダを頼むと、何かサラダっぽいものを持ってくる(惜しい!)
違うよ?というと、満面の笑みで誤魔化そうとする
別に文句は全くなくて、ああ一期一会だなぁと思っていたんだけど、あとから昔のことを思い出した
まだ麻雀ポンで働いていた頃、10年位まえ
大久保のとある寂れたサムギョプサル屋によく行っていたんだけど、そこにチンくん(仮名)という従業員がいた
彼もとにかく注文を取り違えていた、配膳していてもよく飲み物を零したり、皿を割ったり
で、普通なら厨房に回されるなりクビになるなりしたと思うんだけど彼はちょっとした理由で生き残っていた
というのも、とある稼業の親分的属性の人とその子分たちがその店の常連であり、チンくんはその親分的な人に面白がられて気に入られていたのだ
親分は毎回10人とかで来るので、寂れた店の重要な顧客だった。店のおばちゃんとしては、多少は他の客が不快になったとしても、チンくんを置いておく方が合理的だったのだろう
結果、(おそらく薄給故に)従業員の入れ替わりの割と激しい店の中で、他の職場であればすぐにクビになるであろうチンくんは生き残っていた
僕は対してチンくんに興味がなかったんだけど、親分と一緒にくる子分たちがチンくんに対してイライラしているのは見えていて、たまにハラハラしていた
で、半年くらいたったある日に、僕の想定していたリスクは意外な形で顕在化することになる
いつもどおりチンくんが注文を取り違えて持ってきた料理(生もの系だったと思う)に、親分が苦手なものが入っていたらしい
親分は思いっきり噎せて、直後に激怒した
間の悪いことに、店のおばちゃんはその時いなかった
チンくんはあっという間に店の外に引き摺り出されて、僕が食後に(まさか野次馬で見に行くわけにもいかない)店を出たときには誰もいなかった。そういえば親分もなんだかんだで帰っていた。よく考えたら無銭飲食じゃねーか
数週間後に店にいくと、店は韓国家庭料理屋っぽいものにリニューアルして、内装もめっちゃ綺麗になり、従業員も若い女の子に変わっていた
いま思うと、大久保のプチバブルみたいな時期が確かにあり、そんな店も結構多かった
邪推すると、おばちゃんは店を畳むか、リニューアルする時期を伺っており、そこに都合よく親分が来なくなる理由ができたので、リニューアルのためには面倒な常連と従業員をまとめて損切りしたのだ
人の良さそうな、とはいえ必要以上に他人に興味のなさそうな、おばちゃんの冷静な判断に商売の厳しさを感じたのを覚えている
意外なことに、リニューアルは成功した。店が混むようになって僕はあまり行かなくなり、やがて店の前を歩いても何とも思わなくなった
吉祥寺の店も、人の良さそうな老夫婦がやっている店だった。彼が損切りされる前に、もう一度くらい会っておこう